大判例

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長崎地方裁判所 昭和61年(ワ)225号 判決

原告

長崎生コンクリート株式会社

右代表者代表取締役

中川舛男

右訴訟代理人弁護士

木村憲正

被告

高比良恵司

右訴訟代理人弁護士

塩塚節夫

主文

一  被告は、原告に対し、金一五四万一〇〇八円及びこれに対する昭和六二年九月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四〇二万九五三五円並びにこれに対する昭和六二年九月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五二年一二月一九日、被告を雇用した。

2  原告は、昭和五七年三月一五日、被告に対し、本社工場から小浜工場への転勤を命じた(以下「本件転勤命令」という。)。

3  ところが、被告及びその所属労働組合は、本件転勤命令について長崎地方労働委員会に対し不当労働行為救済命令を申立てた。審理の結果、同委員会は、原告に対し、被告の原職への復帰及びバックペイ等を命じた。

そこで、原告は、昭和五八年一二月一日以降被告を原職に復帰させるとともに、右バックペイ命令に従って、被告に対し、昭和五八年一二月一三日金四〇二万九三四〇円を、同月一四日金一九五円を、支払った。

4  しかし、原告が申立てた右救済命令取消請求事件において、長崎地方裁判所は、昭和六〇年一二月二四日、原職復帰命令等は維持したものの、右バックペイ命令を取消し、これが確定した。

そこで、原告が被告に対し不当利得として前記支払金の返還を求めたところ、被告は、原告に対する賃金請求権を自働債権としてこれを対当額で相殺した。

5  原告は、昭和五七年三月一五日から昭和五八年一一月末日までの間、被告の労務の提供を受領していない。しかし、前項の相殺により、原告はこの間の賃金を被告に対し支払ったことになる。

6  しかして、被告は、右期間中、訴外有限会社愛宕タクシーに運転者として労務を提供して次のとおりの賃金を得た。

支払いを受けた日  支払いを受けた金額

昭和五七年四月一〇日 金三万六八三〇円

五月一〇日 金二三万六三〇〇円

六月一〇日 金二二万八二六〇円

七月一〇日 金二五万四二〇〇円

八月一〇日 金二五万八六〇〇円

九月一〇日 金二五万六三一〇円

一〇月 九日 金二三万八〇四〇円

一一月一〇日 金二七万五二八〇円

一二月一〇日 金二六万〇三五〇円

昭和五八年一月一〇日 金二七万九三一〇円

二月一〇日 金二三万二九九二円

三月一〇日 金二三万二九九二円

四月一〇日 金二三万七九六九円

五月一〇日 金二六万五一四九円

六月一〇日 金二二万九六六二円

七月一〇日 金一八万九七五二円

八月一〇日 金二六万五〇九一円

九月一〇日 金二一万六七八三円

一〇月一〇日 金二三万二九九二円

一一月一〇日 金二三万二九九二円

合計金四六五万九八五四円

7  被告が愛宕タクシーから得た前項の賃金は、被告が原告に対する労務の提供を免れたことによって得たもので、民法五三六条二項但書の利益に当たる。

8  原告は、被告に対し、昭和六二年九月九日、右利益の償還を求めた。

9  よって、原告は被告に対し、右利益のうち金四〇二万九五三五円及びこれに対する昭和六二年九月一〇日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

(認否)

1 請求原因1項ないし6項の事実は認める。

2 同7項の事実は否認し、その主張は争う。

3 同8項の事実は認める。

(主張)

1 民法五三六条二項但書の利益償還義務は、債務免脱と利益との間に相当因果関係ないし直接的因果関係のあることを要件としている。

本件で、被告は、原告の就労拒否により就労不能となりこれを免れたが、そのことと、被告が生活のため他の職場で働いて収入を得たこととは、直接の関係はない。勿論、就労不能になったときは、通常当然に被告が得たような収入を得ると言うような事情もない。被告は、タクシーの臨時雇いの運転者として正規の従業員の何倍にも相当する労働をして、ようやくこのような収入を得たのであり、被告の得た利益は、被告の行為があって初めて得られたものである。したがって、就労不能と本件利得との因果関係は、被告の他の職場における就労という積極的行為により中断されている。被告は、就労拒否によって生じた空き時間を利用し、労働して対価を得たが、それは、あくまでも労働の対価であって休業の対価ではないのである。

また、そもそも、使用者の責めに帰すべき事由によって就労が不能になった場合には、労働義務そのものが消滅するのであるから、本来存在する義務を免れた場合と異なり、民法五三六条二項但書の適用はない。

2 労働委員会のバックペイ命令に関する昭和五二年二月二三日の最高裁大法廷判決は、被解雇者の個人的被害の救済の観点に関して、解雇と中間収入の獲得との間に因果関係があるということだけから直ちに中間収入の全額について経済的不利益の回復があったとみるべきではなく、労務の性質及び内容もまた労働者にとって重要な意味を持つものであることは明らかであるから、例えば、被解雇者に中間収入をもたらした労務が、従前の労務と比較して、より重い精神的、肉体的負担を伴うようなものであるとき、これを無視して機械的に中間収入の額をそのまま控除することは、被害の救済としては合理性を欠くと述べている。

被告は、就労することが極めて困難な本件配転命令を受け、原告に対し、従来どおり本社工場で働くことを求めたが拒否され、賃金の支払いも受けられなかったため、やむをえず、昭和五七年四月以降前記のとおり愛宕タクシーで働き、収入を得た。タクシー運転者の労働は、原告会社のように昼間だけの業務とは勤務時間帯その他の労働条件が著しく異なっているうえ、被告は、いつ原職に復帰しなければならなくなるかも知れない身分である事情を会社に説明し、臨時雇いという雇用形態で勤務せざるを得なかった。そのため、以下のような労働条件を受忍せざるを得なかったのである。

(1) 臨時雇い運転手の労働時間は、午前八時から翌日の午前八時までの二四時間勤務で、勤務終了時から翌日の午前八時までは非番、午前八時からまた次の労働日が始まるという隔日勤務である。常雇い運転手の場合は、午前八時から翌日の午前二時までとなっており、勤務時間が、臨時雇いの場合は常雇いの場合に比べてもかなり長い。

(2) 勤務終了後は自宅に帰り、普通午前一〇時頃から午後二時か三時頃まで睡眠を取り、その後翌日の出勤時刻まで自由時間であるが、夜間帯が長いため自由に行動のできる時間は夕食前後の数時間に限られることになる。

(3) 勤務は年中無休で、日曜、祭日はなく、有給休暇もない。日々雇用であるから欠勤は自由であるとはいっても、休みが多いと直ちに雇い止めになるので事実上休むことは出来ない。

(4) 日曜、祭日に勤務しても、割増金は付かない(常雇運転手は割増金が付く)。

(5) 賃金は全額歩合給で、歩合は一日二万七〇〇〇円以下の売上の場合四割、二万七〇〇〇円以上三万円まで4.2割、三万円以上は4.5割で賞与は全く無い。常雇運転手は、基本給と歩合給の二本立てで、歩合は一律4.8割である。賞与は夏冬各二〇万円が支払われる。

以上のとおり、被告が配転中に従事した労働は、質的にも、量的にも従前の労働とは比較にならないほどに相違し、苛酷なものであった。しかし、被告は、生活を維持するためにはどうしても一定の収入を得なければならず、そのため余り休むこともできず、毎月平均一二日ないし一三日勤務した。その結果、被告の年間収入は従来とほぼ同額程度になったが、それを得るために費やした労働の質と量に大きな相違が存するのである。そのような事実を無視して機械的に中間収入を控除することの不合理性は、前記判例の説示を待つまでもなく明らかである。

3 民法五三六条二項によって労働者が賃金の支払いを求めた場合、使用者が、中間収入をどの限度で控除し得るかに関しても、バックペイについての前記大法廷判決の趣旨は生かされるべきである。そして、この問題と、バックペイ命令により賃金全額を支払った使用者が民法五三六条二項但書によって利益償還を求める場合の限度額の問題とは、本質的には同一の問題である。

したがって、この場合の就労免脱と利益との因果関係の程度の判定は、前記大法廷判決の趣旨と矛盾がないように、事案に応じてなすべきであるし、償還請求の限度も、平均賃金(被告の場合は、一日五三一〇円五四銭)の四割を越えることは許されないというべきである。

4 不当労働行為による解雇の場合には、不法行為と債務不履行とが競合するが、履行不能に関する危険負担の規定は、本来、市民法の理論であって、労使関係に適用する場合には、解釈上慎重な配慮が必要である。本件の場合は、むしろ不法行為の問題として法を適用するのが相当である。そして、不法行為による賃金不払いの場合に、民法五三六条を適用し、かつ労基法二六条の理論を借用して、使用者の責任範囲を六割に限定することは、無過失責任と故意または過失責任とを混同するもので、明らかに誤りである。

三  原告の反論

1  被告の愛宕タクシーにおける収入は、副業的なものではなく、また原告の就労拒否がなくても当然取得し得るなどの事情はないから、債務免脱との間の因果関係は明らかであり、これを原告に償還すべきものである。

この点については、既に最高裁昭和三七年七月二〇日判決(民集一六巻八号一六五六頁)が、「労働者は、労働日の全労働時間を通じ使用者に対する勤務に服すべき義務を負うものであるから、使用者の責めに帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得たときは、右の利益が副業的なものであって解雇がなくても当然取得しうる等特段の事情がない限り、民法五三六条二項但書に基づき、これを使用者に償還すべきものとするのを相当とする。」として判示している。

2  被告の援用する最高裁昭和五二年二月二三日の判決は、いわゆる中間収入の償還請求ができることを前提としたうえで、労働委員会が不当労働行為の救済命令を出すに当たって中間収入を控除しないでバックペイを命ずることが、その裁量権の合理的な行使を越えるかどうかに関するものであって、本件には直接関係がない。このことは、右判決自体「解雇が無効である場合の被解雇者の賃金請求権及びその金額と労働基準法二六条との関係は、労働委員会による救済命令としてのバックペイ命令の金額の問題とは直接の関係がないから云々」として判示している。

3  なお、前掲の最高裁昭和三七年七月二〇日判決は、いわゆる中間収入を未払い賃金から控除し得る限度を平均賃金の四割にとどめているが、右限度に限られるのは、賃金が未払いであってその賃金から中間収入を控除する場合であって、本件のように、被告から賃金請求権を自働債権とする相殺がなされ、その結果、賃金が一旦全額支払われたことになる場合の利得償還請求の限度を画するものではない。使用者の利得償還請求権が中間収入の全額に及ぶことは、1項の引用判文中の「これ」とは、文脈上「他の職について利益を得たときは」を受けていることからも明らかである。

また、最高裁昭和六二年四月二日判決(昭和五九年(オ)八四号)は、中間利益が平均賃金の四割を越える場合には、平均賃金算定の基礎に算入されない賃金からであればその全額を対象として中間利益額を控除することを許しているが、これは、中間収入についてはその全額について償還義務が存在することを前提にしていることが明らかである。

4  労働基準法(以下「労基法」という。)二六条の規定から労働者が償還すべき中間収入額を平均賃金の四割に限定する考えがあるが、同条は、労働者の生活維持という観点から、賃金の相殺禁止や差押制限と同様に平均賃金の六割までは手取額を確保させようというものであって、本来存在する債務を平均賃金の四割までに減じようというものではない。したがって、民法上は同法五三六条二項但書によって債権が発生するが、労働関係では労働基準法二六条によって減額されるとするのは、解釈論としては無理があると言わざるを得ない。なお、被告の平均賃金が、一日五三一〇円五四銭であることは争わない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一当事者間に争いがない事実

請求原因1項ないし6項及び8項の事実並びに被告の平均賃金額は、当事者間に争いがない。

二当裁判所が認める事実

前項の当事者間に争いがない事実、及び、〈証拠〉を総合すると、以下のとおり認定・判断され(なお、便宜上、前項の争いがない事実も再記する。)、他に、これを左右するに足る証拠はない。

1  被告は、昭和五二年、運転手として原告に採用され、本社工場で生コンクリートミキサー車の運転業務に従事してきた。

2  原告は、昭和五七年三月一五日付けをもって、被告に対し、小浜工場への転勤を命じた。しかし、被告は、身体障害者の父親が病気がちで別居できないこと、通勤も時間的、経費的に困難であることなどの理由を挙げて従前どおり本社工場で勤務することを求めたが、就労を拒否されたため、自宅で待機することになった。

3  しかし、就労できないまま収入が途絶えると生活が困難となるため、やむなく、被告は、同年四月から長崎市内の愛宕タクシーで臨時雇いの運転手として働くようになった。もっとも、被告は、それまでも、昭和五六年頃から同タクシー会社で休日等にアルバイトとしてタクシーに乗っていた。このアルバイトによる収入は、昭和五七年一月分が金五万五二〇〇円、同年二月分が金一万五二一〇円、同年三月分が三万六八三〇円であった。

4  他方、被告及び所属労働組合は、本件転勤命令が不当労働行為に当たるとして、長崎地方労働委員会に対し救済命令を申し立てた。

同委員会は、審問の結果、昭和五八年七月九日、本件転勤命令及び同時になされた訴外福島強に対する転勤命令は、共に、原告が、不況対策を口実に第一組合員を転勤させることによって不利益を与え、ひいては第一組合の組織運営に介入してこれを弱体化させる意図をもって行われたと認めざるを得ないとして、原告に対し、転勤命令の撤回と原職復帰、転勤命令発効の日から原職復帰までの諸給与相当額の支払い及び誓約文書の交付を命じた。

5  しかし、原告は右救済命令に従わず、後述の取消訴訟を提起したので、労働委員会は緊急命令の申立を行い、当裁判所は、同命令を発した。

そこで、原告は、昭和五八年一二月一日から、被告に対し本社工場への就労を認めるとともに、同月一三日に至って、被告に対し金四〇二万九三四〇円を支払い、さらに、同月一四日に金一九五円を支払った。右金額は、平均賃金一日五三一〇円五四銭の六一七日分合計三二七万六六〇三円、昇給差額合計一六万八三八一円、賞与合計九九万二〇四二円にその他の支給額を加えた総合計四四八万七八一八円から、各種保険料、所得税、市民税を差し引き、年五分の割合による遅延損害金を加算した金額である。

6  他方、被告は、右復職までの間、前記臨時雇い運転手としての仕事を続け、これにより、毎月、請求原因6項のとおりの収入を得た。なお、各月の収入額は、それぞれその前月の勤務に対するものと解されるから、昭和五七年四月一〇日支払いの三月分のアルバイト収入を除くと、前記就労拒否の期間に対応する被告の収入額は少なくとも合計四六二万三〇二四円になる。

7  ところで、臨時雇い運転手としての被告の労働条件は、被告がその主張第2項でるる具体的に述べるとおりのものであり、これを原告のもとでの労働条件と比べると著しく異なっていた。

まず、労働時間でみるならば、原告のもとでは、通常の昼間の八時間労働であったのに対し、愛宕タクシーでは、午前八時から翌日の午前八時までの二四時間労務が一日置に繰り返される仕組みで、日曜、祭日無しであった。そうすると、モデル的には、愛宕タクシーでの労働が原告のもとでの労働と時間的に単純に重なるのは、その三分の一以下であるということになる。また他の三分の一の労働時間は、労働生理学的に見ても昼間の労働とは異質な深夜の労働であり、昼間働く分を夜間に振り替えたと単純にいう以上の肉体的、精神的負担を労働者にもたらすものである。

また、仕事の内容も、一方は大型貨物車であるコンクリートミキサー車の運転であるのに、他方はお客相手のタクシーの運転であり(しかも、給与は完全な歩合制で支払われる)、同じく自動車の運転とは言ってもその内容や労働密度には相当の差がある。

したがって、これらの点から見ると、愛宕タクシーでの被告の労働は、原告のもとで給付を免れた労働力を他へ転用したものであると単純にはいいきれないことが明らかである。

8  また、総労働時間でみても、原告は、愛宕タクシーで前記勤務を、平均すると一月に12.5回行っており、その総時間は一月平均三〇〇時間にもなったが、これは、本件証拠上具体的な数値までは明らかではないものの、原告のもとでの勤務時間を相当程度上まわることが推察される。そうすると、被告は、前記収入を得る為に、原告のもとで給付を免れた労働時間を相当程度越えて、質的にもより苛酷な労働に従事して、ようやく前記収入を得ていたことになる。

9  一方、原告は、前記救済命令の取消しを求めて当裁判所に訴えを提起し、その結果、当裁判所は、被告への転勤命令が不当労働行為に該当するとした前記労働委員会の判断を是認し、原職復帰命令等の取消請求を棄却したが、同委員会が、いわゆるバックペイの金額を決定するにあたって中間収入の控除を全く不問に付した点は合理性を欠き、裁量権の合理的な行使の限度を越えるとして、バックペイ命令の部分を全部取り消した。右判決は、昭和六一年一月七日確定した。

10  そこで、原告は、同年六月、前記バックペイ命令にしたがって支払った金四〇二万九五三五円は不当利得に当たるとして、被告に対しこれの返還を求めて本件訴訟を提起した。これに対し、被告が、民法五三六条二項によって有する賃金請求権をもって相殺する旨を主張したところ、原告は、民法五三六条二項但書の利益の償還請求の訴えを予備的に付加し、後に、これを主位的請求に改め、不当利得返還請求の部分を取り下げた。

三民法五三六条二項但書の利益償還請求について

当事者双方の主張に鑑み、以下、使用者の違法な就労拒否によって就労できなかった労働者が、復職までの間、他の労務に服して収入を得た場合に、これを使用者に償還すべきか否かについて、まず一般的に検討する。

民法五三六条二項によると、使用者の違法な就労拒否によって就労できなかった労働者は、もとより、反対給付(賃金全額)の請求権を失うものではないが、同項但書には、自己の債務(就労)を免れたことによって利益を得たときにはこれを使用者に償還しなければならないと定められている。そして、ここにいう利益とは、就労を免れたことによって支出を免れた費用などを第一とするが、必ずしもこれに限られず、就労を免れた間、他の労務に服して得た収入も、免れた労務と他で服した労務との間にその性質及び内容において重大な差異がないなど、就労を免れたことと収入との間に相当因果関係があると判断される限り、これに当たると解すべきである。けだし、その収入は、就労を免れたこと自体によって直接生じたものではなく、例えば他の者との間の別個の労働契約に基づくものであるとはいえ、労働者が本来の使用者に対する労務に服し、そのために費消すべきであった労働力を他に転用した結果、その対価として取得したものであり、かつ、このように、労働者が就労できなかった期間中他に就業して収入を得ることは通常有りうることであると、一応いうことができるからである。

もっとも、この点の因果関係の相当性の有無及び程度を判断するにあたっては、さらに、以下1ないし3のような諸点が総合的に考慮されなければならない。

1 労働者が使用者の就労拒否によって就労できなかった間、他の労務に服するに至る経緯やその間の事情、あるいは、その収入の内容、金額等は、当然のことながら事案によって様々であり、その労務の性質、内容、従前の労務との関連性等も千差万別である。例えば、従来の裁判例でよく見られるように、違法解雇されたタクシー乗務員が、他のタクシー会社に就労して、従前と同じくタクシー乗務員として同様な収入を得ている事例もあろうし、あるいは、労働者が、かねて本業の傍ら独自に習得していた不動産取引などの専門知識や資格を生かして、友人の仕事を手伝って相当の収入を得ているといった事例もありえよう。

また、これとは別に、労働者が、就労拒否によって収入を得られない間、最低限度の生活を維持するため副業の程度においてなした労働から得られた収入も、ただちにこれを就労を免れたことによる利益と見るべきではなかろう。

このように考えてくると、前記相当因果関係は、単に、労働者が就労拒否の期間内に他の職について利益を得たといったことからその有無を一律に判断するのでなく、事案ごとに、各種の事情を総合して、これを判断すると共に、事案によっては、その収入のうちどの程度の部分が就労を免れたことと相当因果関係にあるかを判断し、これによって、使用者に対し償還すべき利益を割合的に決定する必要も生じてくると言うべきである。

2 また、前記相当因果関係を肯定するについては、民法五三六条二項及び同項但書の本来の法意についても十分思いを及ぼすべきである。

すなわち、同条二項は、債権者の責めに帰すべき履行不能の場合について、同条一項の危険負担における債務者主義の原則を改め、債務者(本件では労働者)は、履行不能によって自己の債務を免れるが、なお反対給付を受ける権利を失わないと定めたものである。その根拠は履行不能が債権者(本件では使用者)の責めに帰するというところにあり、この場合には、債権者に負担を帰するのが公平だからである。しかし、その場合にも、債務者が債権者から反対給付を受けながら、他方では本来の債務を免れたことによっても利益を得ているときには、債務者が二重に利得している結果になって不当であるから、但書においてこの不当な利益を債権者に償還することを命じているのである。

したがって、債務者の右利益償還義務の前提は、契約本来の反対給付の現実の存在(これによって、債務者は契約の履行がなされた場合と同じ立場に置かれることになる。)であり、かつ、同条二項本文と但書は、本則とその修正として、あいまって、債権者と債務者間の公平と均衡をきめ細かに実現しようとするものである。そうすると、その具体的な適用にあたっては、個々の事案の実情に応じて、債務者と債権者間の実際的な公平の実現について十分配慮をすべきである。また、履行不能が、もともとは債権者の責めによって生じたという事実に基づく債権者主義の基本が失われてはならない。

右のような観点から、本件のような不当労働行為による就労拒否や解雇の場合に考えなければならないことは、以下の点である。

(1)  使用者は、右就労拒否等の間、これを理由に賃金の支払いをせず、後に、労働者の復職などの際にその間の賃金を一括して支払うのであるが、賃金は、もともと、その時その時に支払われなければ本来の意味がないものである。蓄えのない労働者の場合には、なおさらそうであると言わなければならない。使用者の側で、そのような賃金の支払いを違法に拒んでおいて、後にこれを遅延損害金と共に一括して支払ったからといって、反対給付の完全な履行がなされた場合に等しいとは言えず、これによって、利益償還の前提が実質的に満たされたとは、必ずしも言えない。

そうだとすると、その間の労働者の収入が、後に一括して支払われた賃金との関係で不当な二重の利得になるとして、そのすべてを使用者に償還させなければ公平に反するとは、必ずしも言い難いのである。

また、労働者の収入が既に費消されている場合などには、後になってその償還を命ずることは、労働者にとって大きな負担となり、却って公平に反する場合も生ずると考えられる。

(2)  視点を変えて言えば、そもそも、労働者は、危険負担の原則によって賃金請求権を失っていないのに、使用者がその履行をも重ねて違法に怠ったがゆえに、生活上やむなく他で収入を得ることを余儀なくされたのである。賃金が適時に支払われていたら、通常は労働者が他で就労して収入を得ることはなかったであろうと考えられる。そうすると、これを使用者に償還させることは、結果的には、履行不能について有責な上にさらに賃金の支払いをも遅滞した使用者を、その遅滞のゆえに不当に利することになり、公平を失する面がある。

(3)  不当労働行為による解雇や就労拒否の場合には、使用者は、不当労働行為の目的を実現するため自らの責任で労働者の就労を拒否し、その労働力を自己の支配下に置くことを積極的に放棄しているのである。ところが、後になって、訴訟などで敗れ、その間の賃金を支払ったからといって、一転して、その間労働者が他でその労働力を活用した成果を全部償還しろというのでは、一旦就労を違法に拒否した使用者が労せずして利得を得、その負担を実質的に免れる結果になり、労働者の立場からすれば、却って公平に反する面があることを否定し難い(もとより、危険負担の制度は、有責な債権者に対する制裁をその目的とするものではないのであるが。)。

(4)  また、危険負担の原則によると、使用者の違法な就労拒否によって労働者は労働義務を免れるのであるから、これをどのように活用するかは、本来、労働者の自由意思に属する事柄であるというべきである。ところが、一旦労働者がその意思に基づいて他で働いて収入を得ると、その全部を必ず使用者に償還しなければならないというのでは、使用者に対する労働義務を免れたという前提自体を、結果的に無にする嫌いがある。

3 労基法二六条は、使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合に、使用者に対し平均賃金の六割の休業手当の支払いを義務付けているが、例えば、火災による工場焼失による休業期間中、使用者がこれに従って休業手当を支払った場合に、その間の生活費の不足を補うため、労働者が他の使用者の下で賃金を得たときに、その賃金を、民法五三六条二項但書の利益にあたるとして労働者から使用者に対して償還させるようなことは、右条項が、本来、これを予定していないものと考えるべきである。そうでなければ、右休業の間、労働者は、結果として平均賃金の六割の生活を余儀なくされることになるからである。

したがって、この点からすると、労基法二六条は、民法上の利益償還請求権の存在をも考え合わせて、実質的にこれを控除した残額を使用者に支払わせることによって、通常の場合のこの関係を画一的に清算、解決しようとする趣旨をも併せ含むものと解することができる。

そして、右の場合との均衡を考えるならば、民法五三六条二項によって、労働者が賃金全額の請求権を失わない場合にも、使用者からする利益償還請求は、通常は、平均賃金の四割の限度でこれを認めれば足りると解するのが相当である。言い換えれば、同項但書の労働関係における適用に当たっては、労働者が、就労を拒否されている期間内に、提供を免れた労働力を自らの意思で他に転用して得た収入は、通常は、最大限平均賃金の四割の限度で、本来の就労を免れたこととの間の法的な意味での因果関係の相当性を認めれば足りるということになろう。

右のような解釈は、免れた労働力を他に活用するか否かが、基本的には、労働契約による使用者の支配が及ばない労働者自身の自由意思にかかっていること、転用された労働によって現実に得られた収入を償還させることを徹底するとしたら、労働者が、転用によって容易に収入が得られる場合に、あえてこれを得ようとしなかったときにも収入相当額の償還(控除)を認めなければ公平ではないが、民法五三六条二項但書は、そこまでを規定してはいないこと、前記のように解することによって初めて、いわゆる中間収入の償還を全面的に認めた場合に生ずる、本来有責な使用者の偶然的な事情による「不当な」利益及び労働力を他に活用した労働者とこれを怠った労働者の間の不公平などの不合理な結果、並びに、償還を全面的に否定した場合に生ずる労働者の「不当な」利益の問題を、公平の理念に照らして妥当に調整しうること等に照らしても、相当であるというべきであろう。

四本件の場合について

前項で判示したところに従って、以下、本件の場合に、被告が復職するまでの間に得た収入が、民法五三六条二項但書の利益にあたるか否かについて検討することにする。

1 まず、二項認定の事実によると、就労拒否によって被告が愛宕タクシーで臨時雇い運転手として働きだしたのは昭和五七年四月からで、このとき以後復職までの期間に対応する被告の収入総額は、四六二万三〇二四円である。

しかし、被告は、昭和五六年頃から同タクシーで、本業の傍らアルバイトをしており、直前三か月のこれによる収入の最高額は一月五万五〇〇〇円を越えており、平均額でも一月あたり三万三〇二四円になる。そうすると、この金額に相当する収入は、原告への労務を免れなかったとしても得られた可能性が高い。

2 また、愛宕タクシーでの臨時雇い運転手としての労働の大半が、原告への労務の提供を免れたことによって可能になっていたことは否定し難いとしても、その、労働の内容、労働の質、労働時間帯、労働時間などを見ると、二項で具体的に認定したとおり、原告のもとでの労働とはかなりの差異があり、免れた労働を単に他に転用したものとはいえないことが明らかである。むしろ、右の労働は、被告自身の、生活上の必要に迫られた必死の努力と、より重い精神的、肉体的負担によってささえられてきており、これによる収入のすべてを、単に原告への労務の提供を免れたことによって生じたものとみるのは、とうてい無理である。

3  就労拒否の期間に対応する平均賃金の四割にあたる金額は、当初の平均賃金によると一三一万余円(前記五三一〇円五四銭の六一七日分の四割)であり、これは、1項の収入の三割以下にすぎない。右平均賃金算定の基礎に算入されない賞与(九九万二〇四二円)の金額を加えたとしても、五割を越えない。

4  原告は、労働組合に対する支配介入の意図をもって、被告の労働力の提供を積極的に拒否し、さらに、二〇か月にわたって賃金の支払いを怠り、被告をして他での就労を余儀なくさせていたものであり、後に、緊急命令によってバックペイを支払ったからといって、反対給付を実質的に満足させたとは必ずしもいえず、この間の被告の収入の全額を原告に償還させなければ公平に反するとはいい難い。

以上要約したような諸事情及び二項で認定したその他の事情並びに三項で判示したところを総合して考えると、被告は、原告に対する就労を免れた期間内に他で働いて前記収入四六二万三〇二四円を得ているが、原告に対する就労を免れたことによってこれを得たといえる、すなわち、その間に相当因果関係が認められるのは、その内の三分の一にとどまるとするのが相当である。そして、前記収入のうち残りの部分については、本件の事情のもとでは、被告がこれを得たのは、原告に対する就労を免れたことによるとは必ずしもいい難く、その間に因果関係の相当性を認めるに足りないとするほかはない。

そうすると、被告は、民法五三六条二項但書により、原告に対し前記収入のうち一五四万一〇〇八円を償還する義務があると言うべきであるが、その余の金員については、これを否定すべきである。

五結論

以上の次第で、原告の本件請求のうち、被告に対し金一五四万一〇〇八円及びこれに対する償還請求がなされたことに争いのない昭和六二年九月九日の翌日である同月一〇日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松島茂敏 裁判官小田耕治 裁判官大須賀滋)

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